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    インタビュー ] 能楽をどうやって後世に伝えるかー山井綱雄師の挑戦は2018年も続く


    JUGEMテーマ:アート、デザイン、日々 / Art, Design, LIFE

     

    第四篇では、能楽の将来について、山井さんの持っている危惧とそれに対処して行動しているこの二年間を、熱く、語ってもらいました。

     

     

    “能楽は、博物館の陳列物になってはいけない。能とは何か、何を伝えていくかを常に考えています。”

     

     

    日本に住む日本人は、日本の伝統文化に、無頓着。そのことを海外に住んでいる日本人から指摘されました。よく聞く話で、日本に住む日本人は、海外に出て初めて、外国の友人知人から尋ねられ、答えられない自分が自国の文化を知らなさすぎるということを痛切に感じるといいます。今の若い人に限らず、茶道、書道、武道、能や狂言など、あまり知らない人が多いのは事実です。

     

    その理由の一つは、70年前の先の大戦の後、日本文化を『無菌殺菌』にして始めなければならなかったことがあると思います。その時、戦前からあった改めなければならないものを捨てるのだけでなく、日本が古来より伝えてきた、良かったことまで捨ててしまったのだと思います。といいますか、そうしないと、再出発出来ない時代だったのだと思うのです。あの時代から今日まで、日本人の心にぽっかり穴が空いてしまっているのです。この21世紀は、日本人が忘れてきたものに気づかなくてはならない時代だと、わたしは思います。

     

    そういう意味で、2020年東京オリンピックは大きな意味があると思います。しかしそれで終わりにしてはいけないのです。そこが始まりだと思った方が良いのだと思います。 「日本人が忘れかけている大切な何かを思い出す」、2020年のオリンピックをきっかけに、それに気がつかなければならない時だと思います。100年後・・・22世紀の日本人が21世紀を振り返ったとき、2020年の東京オリンピックを契機にして日本は良い方向に変わったのだ、という風に言ってもらえるような日本にしなければならないと思います。

     

     

     

    しかし、ただ古い物を守っていくだけではダメだと思います。古きを訪ねて新しきを知る。まさに温故知新の精神が必要だと思います。ある方は、「伝承」とは、前からのものをそのまま伝えていくもので、一方、「伝統」とは、新しい解釈を入れて時代に合わせて作っていくものと言っていまして。正に、生きたものなのです。

    (能とオペラを協演するという形で2017年にカナダのバンクーバーで公演。古いものを守っていくだけではダメ。山井さんの新しいチャレンジは成功している。)

     

    私のやっている能楽とは、偉大な金春流の先人たちが作ってきたもの、1400年もの間、苦しく辛い時代も乗り越えてきた大切な貴重な文化財産です。そこには、たくさんのヒントが詰まっています。これを現代に生かしていくことです。能は素晴らしいだけではダメ。能楽は、『博物館の陳列物』になってはいけないのです。能とは何か?何を伝えていくべきか?を常に考えています。今、生きていてここにあるものを伝えていく。それはいったい、何なのか。それを、突っ込んで紹介していく。今の時代に伝統文化を背負っている人間は、全てのジャンルを問わずそれを考えていかなければいけないのです。昔だけのものを守っているのでは、ダメです。それでは、どうしたら良いか。それが難しい。簡単に出る答えなどありません。どうすれば良いのかを、いつも自問自答し、もがいています。

     

    ある企業の社長さんが、「日本は中国にも韓国にもインドにも経済的に追い抜かれて、日本なんてもうダメだし落ち目だし、日本は終わりですね」と言われました。しかし、私は決してそうは思いません。高度経済成長の時のような爆発的なことはないかもしれませんが、日本人、日本という国が持っているポテンシャルがあります。アメリカとの貿易摩擦の時に、日本の製品がなぜあんなに売れたかというと、日本人が作り出すものは違うからです。世界の中で品質が良いなど、車や電化製品にしても、日本人は手先が器用で、個人主義ではなく集団主義を大事にし、産み出された日本製品は高く海外で評価されています。働き蟻などと表現されますが、あの時の日本人の精神というのは、ずっとそうだったのだと思います。日本人はずっとそういう民族なのだと思うのです。とても繊細な心を持ち手先も器用です。能楽はそういった日本人の特性があったからこそ、奇跡的に伝来してこられました。その日本の素晴らしさというのが凝縮されています。そういうことが今はややお囃子ろ骨抜きにされてしまっています。

     

    金春流が未来につながっていくために何が必要なのか、そこが私の目的の第一です。且つ今の時代を見て、世界の情勢を見た場合、日本人が古来からもっていた心というものが世界の人々に「ああそうか、そういう考えがあるのだ」と知らしめることの出来る、大事な時期だと思います。個人主義やある国の大統領のように自国ファーストと言って自分の国だけ良ければいい、ということではなく、「共存共栄していくのだ」という発想です。

     

    西洋文化や、所謂キリスト教的な発想にはこの現代にひとつの行き詰まりがある、と私は思っています。西洋文化やキリスト教を否定している訳ではありせん。西洋には善と悪が明確にありますが、100%善と悪に分けることなど出来ない、と私は考えています。少なくても、日本の文化は違います。日本の文化では、神と鬼は表裏一体です。神は鬼にもなります。だから鬼が100%悪い、という考えが能にはありません。能ではそういう描かれ方をしていません。また、鬼も西洋的なデビルやデーモンといった『悪魔』という存在はありません。鬼も可哀想で悲哀があり理由があるのだ、誰の心にも潜んでいるのだ、という所にスポットを当てているのが、能の中での鬼の役割です。

     

    その為に、色々なことをしてきました。以上がわたし個人の考えです。金春流の歴史から学んだのも勿論のこと、少なくとも他流の能楽師の方たちも同世代の方々はそのような考えを大なり小なりお持ちだと思います。これからは、こういうことを多くの日本人に、特に若い人たちにも伝えていくことが必要だと思います。そういうために、能楽の公演では私が主催する公演も含めて全て学生料金を設けています。

     

    又、頼まれて、企業セミナーや異業種交流会などでお話したり、学校などで子供達への啓蒙活動も積極的に取り組んでいます。子供達は、大人が憂いて考えるより遙かに能楽の素晴らしさを感じてくれます。手応えを感じます。

     

    又、昨年10月には、カナダのバンクーバーで、能を元にした新作オペラを作り能とオペラで共演するということに取り組みました。

    カナダ人オペラ歌手や室内楽の方々に囲まれて、これこそ究極の異文化交流。作るのに大変な労力が掛かりましたが、大変に素晴らしい作品になり、現地で大絶賛を受けました。いつか、日本でも再演したいです。



     

    又2017年は、同い年の金剛流能楽師・豊嶋晃さんと、異流共演能という形で、東京と京都で「二人静」を勤めました。異流で、二人静という演目を共演するのは前例がなく大変に難しいのです。しかしこれも、今までにない素晴らしい作品になり、とても評価して頂きました。

    山井綱雄 能オペラ

     

    これまた同い年の津軽三味線の第一人者・上妻宏光さんとの年始の東京国際フォーラムでの共演、そして、私の少年時代からの大ファンで親愛なるデーモン閣下と上妻さんと私による能舞音楽劇「義経記」は、今年も全国各地で上演させて頂きます。閣下の語りと歌と、上妻さんの演奏と、私の舞。有り得ない組み合わせで義経の生涯を描く大作です。涙あり笑いありの、何方でも楽しめる、一大エンターテイメントです。

     

    そして今年は、お陰様にて、私の舞台生活40周年記念の年なのです。

    1026日金曜夜 国立能楽堂 「舞台生活40周年記念山井綱雄之會」にて、観世流の梅若紀彰さんと、あの野村萬斎さんと能「蝉丸」で共演することになりました。

     

    新しい能のファンを作っていくために、本当に、もがきながら試行錯誤をしています。

     

    一方で、気がかりなことがあります。能面も装束も今でも新しいものが作られています。しかし、そういう業者さんも絶滅寸前で、作っていただいている京都の能装束屋さんは自分の代で廃業する、と言っています。2軒くらいしかなく、非常にまずい状況です。滅びてしまうと本当に取り返しがつかないことなので、なんとかしてほしい、と心から思っています。

     

    実際にこの能装束を作られている京都の西陣の、佐々木能衣装の社長の佐々木さんにお会いし、厳しい労働条件で機織りをされている職人さん達の現場を拝見しました。本当に過酷で、あんなに大変なところで作業されているとは、驚きました。能装束にお世話になっている能楽師は皆見に行べきだと思いました。国の支援がもっとあれば、と思います。そして、需要があれば。そのためには、能楽全体が底上げされ、需要が増えるしかありません

     

    「羽衣」の話をします。この話は、日本と日本人の在り方について教えてくれます。

     

    羽衣というのは能の中で一番有名な演目で、三保の松原の天女が降りてくる話です。この羽衣には、日本人のこころに繋がる、すごく重要な裏テーマがあると言われています。

    羽衣替の型

     (羽衣替の型)

     

    漁師が浜辺の松に置いてあった天女の衣をひろい、家の宝物にしようと思ったら、天女が戻ってきてそれを返してください、と言うのですが、「自分の宝物だから」とそれを漁師が拒みます。そこで天女が泣いてしまい、かわいそうだから返してあげるけれど、さぞ美しいと聞いている天女の舞をってくれたら返そう、と漁師は交換条件を出します。天女はそれがないと神通力も使えないから、とにかく返してください、と懇願します。しかし、漁師はそんなの嘘だろう、どうせ返したら約束を果たさずにすぐ帰ってしまうのだろう、と疑います。

     

    その返す刀で発する天女の言葉が、大変に有名な一節です。

    「いや疑いは人間にあり、天に偽りなきものを」

    素晴らしい、深い一節です。偽りというものは人間にこそあって、天上界には嘘偽りというものは存在しません、という意味です。その後、漁師は手渡しで羽衣を返します。そして天女は舞を舞って天に帰っていきます。天に帰って行く前に、日本の国土に宝を降らせる場面があり、そういう動作(型)をします。七宝充満の宝降らすのです。天女が、日本の国に、幸せを降らせるために来たのだ、ということが最後の最後にわかります。そして、最後は、富士山の高嶺に飛んで帰っていく、というお話です。

     

    実は日本全国に伝わる羽衣伝説というのは、この能「羽衣」と違い、ひどいお話です。ほとんど拉致のような話・・・結婚して子供を産ませ、その子供が蔵の奥のほうに羽衣を隠していることを見つけ、それを天女が知り羽衣を取り返し逃げていく、という誠に眉をひそめたくなる話になっています。では、なぜ能だけがこういう良い話になっているかというと、羽衣伝説が三保の松原を舞台にしている事がひとつのキーポイントかと思います

     

    能「羽衣」の作者は不明で、これは一つの仮説・おとぎ話としてお聞き下さい。この「羽衣」の舞台となっている三保の松原がある静岡市清水一帯は、むかしは駿河(するが)」という国でした。実は、インドネシア語に、スルガ発音する、「天国」という意味を指す言葉があります。黒潮で海流に乗ってインドネシアから辿りついた人がいたのではないか、と考えられているのです。つまり天女は、外国人という説です。通常、アメリカなどでもそうですが、外国人が来ると原住民との間で戦争が起こります。しかし、この能のお話では一切戦いがなく、和解しています。実はそういう流れ着いた人たちが天女として描かれ、この三保の松原にて共存共栄して仲良くしたのではないか?そういう事実があったのではないか、と一説には言われています。

     

    能の中で天女が漁師に対して羽衣を返してと頼むとき、「もとのごとくに置き給へ」という言葉あります。つまり、元の場所に(松の木にかかっていたように)戻してくさい、という意味です。天人は月の世界に住んでいる人で、天人にとって人間は汚らわしい存在のため、触りたくないので元の場所に置いてください、と言っているのです。

     

    先ほどの「いや疑いは人間にあり。天に偽なきものを。」「あら恥かしやさらばとて、羽衣を返しあたふれば。」の後、漁師から天女へ衣を返す場面になるのですが、金春流の天女の台詞で「さらばこなたへ給はり候へ」と言います。つまり直接わたしに手渡してください、という意味で、漁師は天女に直接手渡しで羽衣を返します。本来、天人にとって人間は交わることさえもない汚らわしい存在にも関わらずそうしたのは、まさに共存共栄で仲良く暮らしていくというメッセージが込められて描かれているのだろうと思うのです。そして、天女は約束の舞を踊り、宝を降らして帰っていきます。日本人の本来もっている心が、漁師と天女の和睦に集約されているのだろうと思います。これが日本人の心だと思います。

    能の羽衣

    (山井さんの羽衣の舞)

     

    最後に、2018年の抱負は?

     

    今年2018年は、お陰様にて、芸道40周年を迎えることが出来ました。節目として10月26日金曜夜18:00開演 国立能楽堂 「芸道40周年記念山井綱雄之會」にて、能「蝉丸」をプロデュースと主演をします。先ほども触れましたが、能楽界のスターである観世流の梅若紀彰さんが「僕の舞台に出てください」とオファーを出したところ、快く出演してくださることになりました。紀彰さんの叔父様は人間国宝である梅若実先生で、現代能楽界最高の演者です。その方の後継者であります。梅若という家はとても歴史があり京都の丹波出身の家で800年ほどの歴史があると言われています。紀彰さんはその次の当主になられる人です。

     

    能「蝉丸」での、「蝉丸」というのは弟でその役を紀彰さんが、姉の「逆髪」役を私が勤めます。身体的ハンディキャップの為に、捨てられてしまった兄弟が再開し、また別れてしまう、という悲哀の名曲です。蝉丸は天皇の子で、盲目で生まれたため、大坂山に捨てられてしまった、というかわいそうな話です。狂言の野村萬斎さんにも出ていただきます。これがひとつの区切りとしての集大成であり、このような素晴らしい方々と肩を並べてどこまで出来るか、というところをお見せしたいと思っています。

     

    又、2017年は正月元旦にしたのと同様に、2018年は正月の二日に、日本で一番人気な三味線の上妻宏光さんのライブに出演しました。そういう方と一緒にできることを光栄に思います。同じ歳ということもあり、何より刺激になります。違うジャンルであっても、上妻さんはとても根性があり、これだけ売れてメジャーなレコード会社と契約をしているにも関わらず、そこに奢ることなく、若いころやっていたように三味線一本で、飲み屋などを周りお客さんに聴かせることもいつでもできる、そこでお客さんをおっと言わせる自信があると、そういう気持ちをいつも持ち続けています。そういう強さをもっている人なので一緒に共演していてもひしひしと感じます。とても励まされ刺激的な存在です。自分も能楽師をやってて良かったと思えるひとときです。

     

    又、二月には、千葉県の青葉の森公園芸術文化ホールで青葉能もありました。そこでは、「夕顔」という演目でシテを勤めました。我が金春流では、この「夕顔」を、400年ぶりに復曲しました。とても歴史に残る仕事をさせて頂きました。

     

    昨年7月には、重要無形文化財総合指定保持者の認定を受けました。

    また、長男の通う中学校のPTA会長にも今年度(平成30年度)なりました()

    また、能楽界でも、大きなお役をさせて頂くようになりそうです。

    これからも、次の世代の伝承への努力と、私自身の芸の研鑽、そして、日本中に世界中に、「日本のこころ」を伝えていきたいと思います。

     

    皆様も是非、能楽堂へ足をお運び下さいませ!!

    (このスケジュール表は、昨年末から今年前半のものですが、どんどん新しい演目が入ってきているので、ブログ

    https://ameblo.jp/yamaitsunao/ 

    を、チェックされてください。(筆者)

     


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