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    インタビュー ] 切り絵の描き方を久保修さんに聞きました―第三篇


    JUGEMテーマ:アート、デザイン、日々 / Art, Design, LIFE

     

    切り絵の作り方の手順

     

    一つの切り絵の作品を作るには、最初にするのはスケッチを描くことです。

    久保修さん、スケッチ

     


    その後、下絵(白と黒の世界を作る)を、描きます。

    久保修さん、下絵作成

     

    それから、白のところを切り取っていくのです。下絵を和紙に載せて、テープで固定して、下絵と和紙を、二枚一緒に切っていきます。手順としては、白の面積の細かいところから切ります。この絵の場合、いがのギザギザのところからです。

     

    久保修さん、切り絵の描き方

    これをこのままで置く場合と、黒く染めて、色を付ける作業をする2つに分かれます。切ったあとには、色をつけますが、それが、一番大変です。真っ白い和紙に、ブラシや刷毛で染めていくことになります。

     

     

     

    (久保さんの使っておられる道具類)

     

    小さいサイズのものは、2、3週間でできるけれど、大きいサイズのものは(例えばふすま一枚のサイズ)1カ月、2カ月とかかります。中には、1年かけて作るのもあります。工夫するのは、説明的なものにならないようにすることです。技術を見せる部分と、出来上がったときに芸術として主張しなければいけない両方を満たさないといけません。

     

     

    和紙については、こだわりを持っています。1枚の和紙をナイフで、繊細に切り抜いて仕上げます。作品の題材によっては、薄い和紙を幾重にも重ねて奥行や立体感を出していきます。そして、自分のオリジナルの鮮やかな色彩で、質感も表現していくのです。

     

    あと、私は、下絵を本にして出しています。その下絵を使っていただければと思います。下絵を作るのは、大変です。しかし、本当に大切なことですので、私の下絵を使うことによって、皆さんの助けになればと思います。(アマゾンで久保修と検索すると、久保さんの著作が10数冊出てきます(筆者)

     

     

    ”インタビューアの独り言

     切り絵画家久保修の成功から学ぶこと。”

     

    久保さんは、非常に穏やかな雰囲気の人だった。しゃべり方もソフト。南向きの明るいアトリエでのインタビューは、実に、心地良いものだった。福島での展覧会の直前にもかかわらず、ゆっくりと時間を取っていただいたのは嬉しかった。今回、普段の編集後記と違って、何が久保さんを成功させたのかを考えてみたい。それは、アートを目指す若者だけではなく、全ての人生の挑戦者に参考になるのではないだろうかと思う。

     

    キーワードは、「継続」、「海外」、「ハングリー精神」、そして「訪れたチャンスをものにする」。

     

    実は、インタビューの最初、未だ本題に入る前に、久保さんは、この47年間、紙を切り続けてきましたと、自己紹介をされた。久保さんが、社会に出始めたのは、バブルの前。世間がバブルに踊らせられていた時も、金融危機の時も、リーマンショックの時も、久保さんは紙を切り続けていた。決して、詳しくは語らなかったが、大変なこと、嫌なこともあったことだろう。今ある久保修という切り絵画家は、継続してきた延長線上にあり、今後も、きっとそうなのだと思う。まさに、「継続は力なり」ということを。もちろん、画家としての、才能は必要なのだろう。ただ、継続するということ自体も才能の一つではないだろうか。

     

    「海外に出て異文化に触れたらどうだ。」 若い頃の久保さんに、作家の小松左京さんはそうアドバイスをした。そして、久保さんは、1年間、スペインに滞在して、そこで、新しい境地を開いた。久保さん曰く、「それまでの自分は、“はみ出し”ができなかった。スケッチブックの枠の中でしか描けなかった。」 「スペインの芸術を志す人たちは、自由にやっていた。」 その1年間のスペイン滞在で一番感激したのは、色々なものが、吸い取り紙のように、身体に吸収されたことだという。

     

    その久保さんは、この10年、日本の国内だけではなく、海外に目を向けている。切り絵の新しい理解者を増やそうとして、伝道師のように海外に足を向けている。

     

    今の、日本人、特に伝統産業や古典芸能にたずさわる人たちには、海外の需要を取り込むのだという気概が、もっと必要なのではないだろうか。例えば、手漉き和紙の生産者の方々は、国内だけでなく、海外に目を向ける必要があると思う。

     

    切り絵画家の世界には、日本の古典的な芸術界に存在している家元制度などがないから、そういったものには、頼れない。それは、果たしてマイナスのことだったのだろうか?久保さんが、「弟子を取らない」と、いうことは、弟子やその弟子からお金も取れないし、作品を売りつけることもできない。まさに、裸一貫で、世の中を渡ってきている。船底一枚下は地獄というわけだ。そういうハングリー精神が、成長の根源にあったのではないだろうか。

     

    自分を取り立ててくれる人がいたら、相手の懐に飛び込むことの大切さを痛感する。久保さんの場合は、それが、たまたま、小松左京さんだった。小松さんという理解者を得たことは、非常に幸運だったと、述べている。読者の中には、「普通の人には、そんな僥倖は、滅多に訪れるものではない」と、反論されるかもしれない。しかし、仮に貴方に、そういうチャンスが巡ってきたときに、自分のものにすることができるだろうか?久保さんを引き立てた小松さんは、きっと、若い頃の久保さんの持っている何かに、惚れたのではないだろうか。そういうものを持っていたのではないだろうか。

     

    今回のインタビューでは、ある程度の年齢になったら、自分が生涯追及するようなテーマを持つことの大切さを、教えてもらったような気がする。久保さんのテーマは、「紙のジャポニスム」が、阪神淡路大震災がきっかけだった。久保さんはたまたま40歳代に見つけたようだが、人生百年の時代だから、40歳でなくても良い。60歳、70歳、80歳でも、いつでも良いのではないだろうか。

     

    学ぶべきことは、きっと、他にもいろいろあるだろうし、久保さんだけが知っている何かもあるのかもしれない。芸術家を目指す人だけではなく、今、読者が戦っているそれぞれの分野でも、久保さんの生き方が何かのヒントになればと思う。切り絵画家「久保修」

     

     


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