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    京都 ] 京都の滑走路


    JUGEMテーマ:京都

     

    和紙や和雑貨について考えていると、どうしても京都という日本の歴史と文化の中心にたどり着く。

    そこには、王城の地として1000年の歴史の重みがるのと、東京に中心が移ってからも、

    日本の食、芸術品、建築、宗教を育んできた特別な背景がある。

     

    京都の始まりは、桓武天皇が794年に遷都した時から始まったとあるが、

    その時は、いったいどういう場所であったのだろう。

    その当時、唐の長安を模倣して、京都は碁盤の目のように、東西と南北に道路が作られた。

    現在の東寺のある辺りに、羅城門(羅生門)というのが、都の南の端に建てられた。

    あの芥川龍之介が書き、黒沢監督が映画にした羅生門である。

    (平安京羅城門想像復元図=Wikipediaより)

    https://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%BE%85%E5%9F%8E%E9%96%80

     

    その羅城門から、朱雀大路が北の皇居に向かって建設された。

    皇居の場所は、現在の位置と多少違うようであるが、それを無視して、想像してみよう。

    その距離はおよそ4000メートル。まっすぐな道である。

    そんな長さの直線路で、道幅90メートルというのは、まさに、現代の飛行場の滑走路だ。

    ちなみに、羽田空港で一番長いC滑走路は、長さが3360メートル、幅が60メートル。

    ブルドーザーも建設工機も無く、ちゃんとした測量技術も無い時代に、平安京は建設されたのである。

    ピラミッドほどの神秘さはないかもしれないが、いにしえの人たちの知恵と努力を想像できる。

     

    このことについて書いている京都についての本がある。

    2014年に刊行された、高橋昌明著 【京都<千年の都>の歴史】という、

    岩波新書の大変面白い本である。。氏はその中では、こう記している。

     

     

    「読者のあなたが一二〇〇年前にタイム・スリップして、京の正面玄関である羅城門に立ったとする。

    そこから北方を眺めたら何が見えるだろうか。。。大内裏正門の朱雀門がケシ粒のようにかすんでみえるはず。」

     

     

     

    こういう風に京都の街を見たことが無かったので、大変新鮮だった。

    ただ、現実の京都の街を歩いても、それを見ることはできない。

    唯一、それを感じさせるのは、御苑の中である。

    この御苑の広さは、一度歩いてみると良く分かる。

    北は今出川通、南は丸太町通の1.2キロ、西は烏丸通、東はほぼ寺町通の0.7キロ。

    皇居を北側に、真ん中を貫く砂利を敷きしめた道があり、建礼門から眺める景色は、

    当時の街を感じさせてくれる。

     

    そして、皇居の周りには、坊と呼ばれる150メートル四方の道割がされていたらしい。

    その新しい都を訪れた外国(唐)の使節、国内の辺境の地から訪れた人の驚きを想像するのも面白い。 

    ただ、そこには土木工事が終わっただけである。京都がすごいのは、そこから、何百年という時間をかけて、

    寺社が建てられ、ひらがなが生まれ、詩歌が詠まれ、貴族の文化が育ったのである。

    こんなことを考えて京都を旅してみるのも面白いのでは?

     

    それを支えたのが、和紙である。建物の一部として、本、手紙、行燈、というふうに紙が使われていった。

    ここに、日本の文化の凄さがある。ただ、現在、その京都には和紙の主だった生産地は無いようである。

    その代わりに、和雑貨の店は限りなく多い。

    この辺りについては、別の機会に取り上げてみたい。


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