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    インタビュー ] 永田灌櫻先生(書家・2017年毎日展 毎日賞受賞):中編


    JUGEMテーマ:書道

     

    永田灌櫻先生

    今年2017年、第69回毎日展の毎日賞を獲得された、書家の永田 灌櫻(ながた かんおう)先生のインタビュー、中編です。

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    表現が多様な少字数の書

    「漢字の書は、“多字数”と“少字数”のふたつに大きくわけられると思います。多字数というのは、文章です。いわゆる漢詩です。しかし、現実問題として、漢詩を理解する人が少なくなっています。まして、それが字体を崩していると一般の人には、分からない。そういう意味で、書道が上手になればなるほど、一般の人には理解できなくなってしまうという矛盾が発生します。

    一方、少字数というのは、大字書です。江戸時代までは殆どありませんでした。やはり西洋の文明が入ってきてからです。少字数は、現代において多字数の持っているジレンマみたいなものを解決しています。要は、一文字から三文字ぐらいならば、書いてある字が読めなくても、説明を聞けば分かる。更に、泥臭さも良し、荒々しさも良しと、表現が多様になっています。

    別に、美しくなくても良いのです。その一個の字がまとまっていれば良いわけですから。極端な話、紙からはみ出していてもOKです。一枚のキャンバスにどう書くかが大切になります。余白をどう残すかということもあります。例えばですが、海という一文字をきれいに書かなくても良いのです。崩して書いて、荒れた海を表現することができるわけです。加えて、書体というのがあります。楷書で書くか、行書で書くかというのがあります。さらに、書きぶりというのがあります。書いてある字以上のものを、如何にそこに表現するかということがあります。

    今回、毎日賞をいただいた作品を見ていただくと、このことを理解して頂けると思います。」

    毎日賞受賞作品「劇」の前で

    「この作品の意図は、縦120×横90cmの紙面に、淡墨を使い、草書で『劇』の一文字を揮毫しています。『劇』という文字には、『演劇』『ドラマ』のほかにも『はげしい』という意味があります。
    墨の調合の工夫によって、筆が走った軌跡を立体的に表現しました。また、滲みの部分にフェードアウトの効果を与え、透明感の演出を試みています。
    崩し字は現代人に馴染みがありませんので、文字として読んでもらうことはあまり意識をしていません。線の緩急のめまぐるしさや、墨しぶきの激しさによって、ドラマチックな『劇』の姿を書き出すことを狙った作品です。

    こういった書き方は、多字数では、考えられないことです。多字数では、一つ一つの字の表現がばらばらになってはいけないです。

    ところで、余談になりますが、近代化以降、書道が芸術に含まれるかどうかということは議論されてきました。現在でもこの論争には様々な意見があります。少なくとも、かつて書道は芸術とは考えられていなかったのです。

    昔から、書道は君子の芸であると考えられてきました。いわゆる帝王学の一部です。対して、一流の絵師や仏師は別としても、絵画や彫刻といった分野は職人の芸だとされていたのです。余談ですが、だから、芸大には書道科ができなかったのです。日展でも、書道が入ってきたのは最後です。書道家たちがお高く止まって、美術分野との合流を拒んだ為に、書道の近代化は一歩遅れをとったと言えるかもしれませんね。

    だんだん美術が広い意味での芸術となったわけです。美術は美しいものだけを求めるものでしたが、芸術となれば美も醜も有りなのです。又、醜を書くという概念は、君子の芸である書道では考えられなかったのですが、少字数では、そういったアプローチも可能だと思います。清潔でさらっとした字だけでなくても良いのです。」

    小学校に入った頃から書道教室に通い始めた

    「実家は群馬県富岡の酒屋でした。世界遺産になった富岡製糸場のすぐ傍でした。酒屋というのは、お酒を届ける時に、のし書きを書くことが多いので、家族は、私に、書道を習わせました。それが小学校に入った時ですから、もう24年以上続けています。しかし、時代の流れからか、父は酒屋の方は畳んでしまいました。

    富岡でお習字から始めた書道教室には12年通いました。その後、書道で進学することになり、仮名を師匠の師匠であった徳野恵美子先生に師事して、また漢字を桑山大道先生に師事して勉強してきました。ふたりの師がいて様々な勉強ができたことは、非常に、恵まれていたと思います。」

    「自分は、インドアで活動するのが好きでしたね。そういったこともあって、大学は、所謂、二次試験が五教科以外で入試が決まる、東京学芸大の書道科を選びました。拓本を見てこれはなんだとか、この人はどんな字を書いた人かとか、そういうのを勉強することは苦痛ではなく、楽しんでやっていました。書道の教科書は、高校の三年分を合わせても、量が少ないし、文字より写真が多いのです。さらに、学芸大の書道科は、教育学部の中にあるので、教員免許も取ることができるのです。」

    作品の値段はいくらくらい?

    「なんとなく相場のようなものはあります。最高峰といわれるような人だと、半紙の大きさでも何十万円もします。ちょっと高いと思われるかもしれません。ただ、書道の作品というのは、絵画に比べてあまり売れないんですよ。個展を開いても幾つか売れればいい方です。一方、作品一つにかかっているコストって、結構します。まず紙が高い。例えば私が清書でよく使う紙は条幅で1枚100円くらいですが、完成までにそれを100枚使ったら1万円になりますね。筆、硯、墨、そして表具はピンキリです。それに100枚も練習する時間というコストがあります。」

    僕の場合ですと、収入というのは、学校での教員の収入、書道教室の月謝、それと自分の作品を買ってもらっているのが収入です。作品の値段もずっと安いです。大きさや内容にもよりますが半紙サイズの作品で5万円ぐらいでしょうか。決して、経済的には楽ではありません。」

    「今後の目標ですか?
    まず、毎日賞をもう一回獲ることです。毎日展は点数制で、全部で5点取ると、会員になれるからです。会員になって、会員賞を取ると、審査会員になれます。後一回、毎日賞を獲ると、その会員になれるので、それが当面の目標です。

    公募の展覧会の出品料は、年間10万円は使っていません。毎日展では“大字書”と“かな”の二部門出品で2万8千円です。自分の所属している玄潮会での出品料が3万円ぐらい、それに年会費が1万円ちょっとです。」

    制作風景。(山崎あゆみ氏撮影)

    制作風景(山崎あゆみ氏撮影)

    「書作家、書道家、書家という言葉があります。

    書作家は、厳密な意味では書作品の制作販売のみで生計を立てている人のことで、日本に数えるほどしかいないと思います。自分は、そうなりたいと思ってはいます。しかし、それだけで食べていけるような現代アーティストは、本当に少ないです。

    書道家という場合は『道』がつきますから、茶道や華道と同じように、芸事の師匠と言う意味です。お稽古事の指導を中心にして、書道に関わる様々な活動によって、生活が成り立っている人たちです。世の中に一番多いです。それでも、いただく月謝だけで食べていける人は、殆どいないと思います。

    書家というと、一般に社会的地位のある書道人を指すことが一般的です。ただ、地位や名誉がある人が多いですが、書道によって生計が成り立っているかどうかは関係ないようです。弟子が少なくて別の本業を持っている人もたくさんいますし、結構、趣味の範囲でやっているうちに偉くなってしまったという話も多く聞きます。

    私の場合は、『書家』を自称しています。が、上記の意味ではありません。書道家という言葉はインストラクターというイメージが強いので、クリエイターとして意味合いが不十分です。かといって到底書作家は名乗れません。ですから余計な語を全部取り去ってしまって『書家』としています。『書人』といってもいいかもしれません。」

    [ 後編は9月21日(木)更新予定です。お楽しみに!]

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    後編の記事を読む >>


    コメント
    書は立派な芸術と思います。芸術家とは何かといえば
    幅広く人に感動を与える作品を創造する人でしょう。
    しかしそのことと対価が得られることは別の話でよう。
    その道の選択のきびしさが良くわかる話です。
    • T.nagasawa
    • 2017/09/18 1:57 PM
    T.nagasawaさん

    世の中には、芸術家もどきが多い中、永田先生のように、真剣に作品に取り組む人がいるのを発見すると、嬉しいです。できるだけ応援していきたくなります。
    • よっしー
    • 2017/09/18 5:04 PM
    前回、無意識に書作家さんという言葉を使いましたが、書家、書道家、微妙に意味が違うのですね、なるほどー。
    小字数の書は造形性と文字性の両方を活かせるということでしょうか?
    ちょっと聞きにくい作品の値段まで、ズバっときいてくれて、参考になりましたー!
    • Ramamayu
    • 2017/09/18 11:55 PM
    Ramamayuさん

    おっしゃるとおりだと思います。小字数の書に対しての永田先生の思いは強いものだと感じました。それは、単にきれいな字を書くという、一般的な書道の延長線とは違って、クリエーターとして、新しい書を追及していく姿勢とでもいうのでしょうか。書道家という範疇ではくくれないところを目指しておられると思います。ただ、芸術家一般に、経済的には、なかなか大変なものもあると思いました。特に、後編に出てきますが、道具(墨、硯、紙、筆)へのこだわりというか、自分の作品に最適なものを選ぶようにされているので、そういった意味でも勉強になります。
    • よっしー
    • 2017/09/19 8:19 AM
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