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    インタビュー ] 日本画家の芳澤一夫画伯に会ってきました − 後編


    前編では、芳澤一夫画伯の画家としてのスタンスについて、お話を伺いました。後編では、普段、画家の方に聞くことができない、日本画の技法的なこと、そして、画材などについて、お話を伺いました。 更に、そういった技法的なところから、画家芳澤一夫の、絵に対しての思いに触れることができました。自分で言うのもなんですが、とても面白い話だと思います。

     

    芳澤一夫、Kazuo Yosizawa

     

     

     “日本画と油絵の違い”について

     

    −絵具

     分かりやすく言うと、油絵というのは、顔料と油を練って、基底材(キャンバス)に固着させるのです。テンペラは卵の白身で固着させます。水彩画はアラビアゴムが入っていますが、水に溶いて定着させます。一方、日本画は、膠(にかわ)に溶いて定着、固着させます。何かの基底材に、何かを媒体として顔料を定着させる、この違いによって、絵の呼び方が違うのです。

     

    明治以来、西洋文化が入っていきて、西洋画とか、西洋音楽とかいうのに対して、日本画、邦楽というようになっただけですから。媒体に視点を当てるなら、技法的には、日本画は膠画というものではないでしょうか。

     

    フェルメールは、群青とか瑠璃色の青の使い方で有名ですが、ラピスラズリ(Lapislazuri)という金より高価な鉱石をすり潰して粉にして、それを数ある油の中から油を選んで調合して自分にあった絵具を作っているのです。ラピスラズリというのは、海を運ばれる青という意味です。

    (ラピスラズリ、画像はNAVERのまとめサイトからお借りしました。https://matome.naver.jp/odai/2142613563076051201

     

    日本画では、岩絵具をショップで買ってきて、それを膠で調合して塗るんです。膠というのは、動物の骨の髄だから、色んな種類があるんです。鹿が一番高級ですが、他にも、ウサギ、イワシ、魚、色々あります。技法的な話だと、それらを使い分けるのをマスターするのが一番難しいのです。

     

    これは、多くの人が勘違いしていることですが、油絵具のチューブに入っているのを買ってきて、それで塗れば、すぐ画けると思っています。そういうのが、売り出されてきたのは、この200年ほど。本来、絵を画くというのは、油を選んで、顔料を溶いて、そして定着させるのです。この作業は、日本画も同じ。ところが、ピカソのように、近代絵画では、チューブに入った絵具を使えば、それで済んでしまう。極端なことをいうと、これでは、ペンキ屋さんと同じ。今の、絵画は、インスタントなんです。しかし、日本画ではそれができない。顔料を、膠で溶いていくのです。なぜなら、膠は動物性のたんぱく質だから、腐るからです。近年、チューブに入ったものを売っているのがありますが、油絵の様にはいきません。粒子が一定でないから、チューブ入りにできないのです。

     

    「明日へ」と名付けられたこの作品は、震災の後に書かれたもの。何ができるだろうと考えた時、絵を描くしかないと思ったそうだ。

     

    −基底材

    絵具と同じで、これも近年はインスタントになっています。キャンバスは、麻布に白い保護を塗ったものを貼って、それに画くのが当たり前になっています。昔は、その下地から作っていた。それに、自分に合った絵具を使って描いていたのです。藤田嗣治は、世界的にも評価が高いです。彼は、そういう仕事をしている。

     

    私が使っているのは、麻の布も使うし、洋紙、雲肌などの和紙などです。最近は、和紙を使う機会が減っているのは、今の自分の画き方は、和紙では耐えられないためです。引っ掻いたり、削ったりするので、布の方が強いためです。

     

     

     

    しかし、究極は、和紙です。一番丈夫だし、1000年はもちます。今日、和紙の漉き手が減ってしまい、用途によって、使い分けることが、少なくなってしまっています。しかし、それは、使い手の問題でもあるのです。一言でいうと、多くの画家は、そういうこだわりを持っていないということです。 このこだわりがなくなったら、僕らの世界、終わりだと思う。今の時代は、こだわっていると、生産コストが合わないから、こだわれなくなっている。しかし、環境がどうあれ、経済的にどうあれ、追及していく人間は、やるんです。そういう人は、本物です。もちろん、こだわりにも良いこだわりと無意味なこだわりはありますけれど。

     

    パン画は、食うために画きます。とにかく、食えなきゃしょうがないからです。10万円の絵の依頼だろうと、100万円だろうと引き受ける。しかし、お金に関係なく、本物を追及する人間はいます。ゴッホもうそうだし、北斎もそう。自分は若いころからそこを目指しています。

     

    (自分の内には大好きな宗達とクレーがいていつも葛藤している。全く違うようにも思うがその大らかさのような何かが似ているように思う、とご自分で説明されている。)

    −筆

    大きくいうと、油絵、水彩、日本画があり、水彩には水彩に合った筆、そして毛があります。油はねっちょりしているから、硬くないと画けない。だから、豚の毛を使ったりします。ただ、油絵だから、必ずこの筆ですというわけではないです。油絵を描いていても、日本画につかうような筆が合っていれば、それを使えば良いと思う。藤田嗣治なんかは、面相筆で線を引いている。(面相筆とは、穂先が非常に細く長い絵筆で、顔の細部を描く時に使うことが多い。だから、僕の考えでは、あれは日本画に近い。絵を描くということは、自分らしさを探すという大きな目的のために、自分にあった基底材、素材を作って、その上に、自分に合った筆や道具を使って表現するというのが、絵画本来の在り方なんです。今は、それが、マニュアル化されて教則本まである。絵画本来やるべき事をやっていない。そういう点で、自分は、独学で良かったです。

    発明や発見、というのは、知らないが故にやって出来てしまったということが、時々あります。それは、絵画にも当てはまるのです。それこそが、まさに、芸術作品を作るということ。オリジナリティや発見が必要なんです。

     

     

    日本画というと、スタイルができてしまっている。牡丹が描いてあったり、和紙の上に描いてあったりと、それが、戦後、どんどん崩れていった。東山魁夷もそうだけれど、厚塗りになって、洋画とあまり変わらない。 今は、日本画というのは、雲肌麻紙(くもはだまし)に膠で画くというのがマニュアル化している。 (雲肌麻紙とは、麻と楮を原料に漉かれた厚みがある大変丈夫な和紙です。紙の裏を板につけるため紙の表面に繊維が絡まりながら雲のように見える。)しかし、戦前の横山大観は、和紙屋に、自分が求めているこういう和紙を漉いてくれとオーダーしていました。竹内栖鳳もしかり。この紙だったら、どういう吸い込み方をしてくっつき、絵具がどういう引っ付き方するのかを見極めるのが大事なんです。

     

     

    華の連作について

     

    2017年春の成川美術館の展覧会の一番奥に飾られた八連作も良い表現ができたなと思っています。これは、床の間が生活空間からなくなってきた現在、絵の世界も、西洋的な縮尺が中心になってきましたが、自分の中では、掛け軸のような縦長のものがしっくりとくるのです。それぞれ、左から、緑風、陽花、秋波、蝶華、桜花、風華、月華、秋風と名前がついています。

     

    芳澤一夫、Kazuo Yosizawa


    芳澤一夫、Kazuo Yosizawa

    (桜花)

    前出の泉屋博古館の分館長の野地氏は、この華の連作をこのように評している。「軽やかさは、丹念で緻密な彩色法によって可能になっているのだが、技法を追及したような求道的なな気配は一切見せていない。むしろ、警戒感とともに複雑な含みをもちながら、全体としてゆるやかに開かれた空間が出現しているだけである。」(絵の本より)

     

     

     

    インタビューアーの一言

    成川美術館の館長の成川さんは、「芳澤さんの絵は確かに異質である。技法的には、日本画の顔料と膠を使用しているのは、まさに日本画だが、その絵は形や線、あるいは色、造形というのは、従来の日本画を離れ、作家自身のロマンやファンタジーから導かれた、全く新しい絵」であると、日本画作品集の「絵の本」の中で述べられている。そして、少し硬直した「日本画」という枠を超えて、世界に飛び立つ力を持っていると結んでいる。

     

    画家として、一番、脂が乗ってくるこの時期に、新しい絵を描いている芳澤さんにインタビューできたことは、実に幸せなことだったと思う。芳澤さんの絵は、ステレオタイプの日本画ではない。膠で絵具を溶いているから日本画と呼ばれるのだろうが、その書いているものは、洋画の抽象画にも似ている。これは、現代日本の芳澤一夫という画家が産み出した、世界のどこにも無い、まさに、世界にデビューすべき作品群である。自分としては、この記事を、早く英語に直して、ニューヨークやパリに紹介していきたい。

     

    ところで、自分が、今回、芳澤さんの話を聞いていて連想したのは、「一国一城の主」という言葉。一切、ぶれることなく、本物を追及してきた人間としての自信に満ちた言葉の連続だった。芳澤さんは、なんの衒いもなく、自分の弱点や苦しみも飄々と話してくださった。

     

    芳澤さんと話していると、柔和な笑顔の中に、眼光がきらりと光る。そして、それが、一瞬のうちに消える。それは、将棋のプロが、勝負手を放つ時に見せる目力に似ているのではないかと思う。しかし、口ををついて出てくる言葉は、穏やかで、人を気遣う思いやりのある姿勢だ。彼が危惧しているのは、現代の美術界に存在しているインスタント化、マニュアル化。それは、本物の懐石料理を作る料理人が、冷凍食品やファーストフードで育つ子供たちの将来に対して抱く危惧に似ている。

     

    芳澤さんは、きっと、死ぬまで、絵筆も持ち続ける。オリジナリティを求めて、ご自分の絵を求めて、苦しみ、のたうち、時に絶望の闇に飲み込まれて、その中から、必ず、何かを生み出してくるだろう。それは、決して難解な絵ではなく、まさに子供にも分かる絵。芳澤さんは、それを、追い求めているのだろう。それこそが、本物の芸術だと思う。

     

    2017年3月に成川美術館の展示会に掲げられた芳澤画伯の感謝・希望と書かれた一文に、「これまで、不勉強ながら、自分に合った技法、表現方法を探求してきように思います。いずれにしましても、ほぼ独学でここまで絵の道を歩み続けていられることに感謝します。」と、結んでいる。

     

    今回のインタビューは、3時間近くの時間を取っていただいた。40年以上、自分の内面が求めている何かを追及しながら、絵を描き続けてきた芸術家の、そして人間の生の声を、正確に読者に伝えることができたのか、自分としては、実に、心配である。

     

    芳澤一夫、Kazuo Yosizawa

     

    芳澤一夫

    1954年神奈川県生まれ。小田原市在住。

    東京セントラル美術館日本画大賞展、上野の森美術館絵画大賞展、第三文明展、ブロードウェイ新人賞展等、公募展、コンクール展にて入選・入賞。

    文部省選定教科書の表紙、日本の歳時記(小学館刊)巻頭エッセイ大岡信氏の

    口絵担当等、多くの書籍に作品が使われる一方、さだまさし氏のジャケット画、

    小田原駅内のステンドグラス原画制作、立花学園創立80周年記念壁画制作、

    小田原市・白秋の道タイル原画制作など多方面で活躍。

     

     


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