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    折り紙 ] ケープ真鶴の折り紙教室


    JUGEMテーマ:折り紙

     

    神奈川県の西部にある自然に溢れた町が真鶴。

    海に囲まれた岬が真鶴町。

    そして、自然の森がその岬の先端にある。

    温泉が出ないため、観光客のメインストリームからは外れている。

    しかし、温泉客がいないのと、自然に囲まれた静かさが魅力となっている。

    その真鶴岬の最先端で、270度海に囲まれたところに、

    ケープ真鶴という土産物屋さんと遠藤貝博物館がある。

    南西方向には伊豆半島が見える。

    これからの季節、空気が乾燥してくると、伊豆七島の、大島はもちろん、

    新島、利島、神津島、更には三宅島が見える日も。

    そのケープ真鶴で、毎週日曜日の午後に、

    折り紙の講習会を、塚田信光さんが開いている。

    折り紙教室

    折り紙教室

    塚田さんは、前に、当ブログでインタビューに取り上げたことがある。

    「真鶴という町には、鶴という字が入っているでしょう。

     だから、折り鶴、それも蓮鶴を極めようと思っています。」

    「そして、世の中の人にそれを伝えていきたいのです。」

    塚田信光さん


    筆者もその塚田さんの思いに共鳴して、全世界向けに折り紙の講座を英語で作成した。

    開設以来、この半年で、118ヶ国で学生数も4000人を越えている。

    https://www.udemy.com/origami-paper-crafts-elementary-course/learn/v4/overview

     

    こちらが前回の塚田さんのインタビュー記事です。

    http://blog.doyoulikewashi.com/?page=1&month=201706

     

    にっぽん祭り折り紙とにほん折り紙は、各都道府県一枚一枚をデザインした特別な折り紙です。

    画像は、「にっぽん祭折り紙」に描かれた福井県の花火大会。
    「にっぽん祭折り紙」の販売ページはこちらからどうぞ。

    http://www.doyoulikewashi.com/?pid=114861695

     

    にっぽん折り紙

     

    画像は、「にっぽん折り紙」に描かれた高知県のイメージデザイン。
    「にっぽん折り紙」の販売ページはこちらからどうぞ。

    http://www.doyoulikewashi.com/?pid=114708941

     


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      和紙の豆知識 ] 機械漉き和紙とは


      8月26日の記事「和紙って何?」で、手漉き和紙の現状について触れた時に、次回は、機械漉き和紙について取り上げると約束してから、はや、2カ月を超してしまった。

      http://blog.doyoulikewashi.com/?cid=8

       

      機械漉きの和紙は、手漉き和紙と比べてコストが圧倒的に安い。「デザインのひきだし29」という情報誌によると、値段は、高級印刷用紙(艶のある紙)とそんなに変わらないものという。ただ、上質紙などと比べると、3−5倍はするらしい。また、素材の点では、針葉樹のパルプを使うことが多く、楮、三椏、雁皮などの素材を使っているケースは少ないようだ。このために、和紙という範疇に入らないという人も多いようだ。手漉きでないことと、素材の違いから、和紙風の洋紙という見方をしている人がいるのだ。

       

      機械漉き和紙のコスト面での有利性によって、需要は拡がっている。新鳥の子紙、里紙などを使ったラッピングペーパーは、和菓子だけではなく、高級感のある洋菓子、日本酒などを包むのに多く使われている。又、もっと高級な機械漉きの和紙では、重要文化財などの修復に使われているものもある。前述の「デザインのひきだし29」には、そういった機械漉き和紙のサンプルなども、綴じ込みに使っており、非常に参考になる本である。株式会社グラフィックが発行している情報誌である。

       

      その本の中で紹介されている、土佐典具帖紙のひだか和紙(http://www.hidakawashi.com/index.php)が機械漉きで作っている最薄和紙の厚さ0.02ミリの紙のインタビュー記事は面白い。海外30か国以上に輸出されているという。まさに、後ろがくっきりと透けて見える紙である。

       

      こういう風に優れた技術が世界で新しい需要を創り出すというのは、半導体などの電子部品で見たことのある景色である。日本各地で消えていく手漉き和紙の名残りを惜しむのも良いが、世界市場や、今まで、需要が発生していなかった市場を作っていくのも必要なのではないだろうかと思う。

       

      今後、当ブログでは、日本各地の和紙の生産地を、そういった視点でも目を配って訪れてみたい。


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        インタビュー ] 朝倉ノニーさん ― シャンソンの訳詞を1000曲、今、新しいチャレンジを!


        JUGEMテーマ:シャンソン(CHANSON)

         今回のインタビューは、世界中で歌われているシャンソンの訳詞を、7年以上、インターネット上で発信されている朝倉ノニーさんです。この春、1000曲の訳詞というエポックメーキングを達成。そのお祝いを兼ねて、ご自身初のソロライブを開かれました。

                                               

        二つの文化と語学を理解して初めてできる訳詞。今回は、その苦労を伺いました。なお、ブログタイトルは、“朝倉ノニーの歌物語”という素敵な名前です。こちらが、そのブログへのリンクです。

        http://chantefable2.blog.fc2.com/

        Q: 最初に簡単な個人的なバックグラウンドをお伺いしたいのですが?

        生まれ育ったのは、大阪の阿倍野区と東住吉区です。大学は京都大学のフランス語学科に入学しましたが、結婚を契機に、大学をやめて東京に出てきました。アサヒグラフで京大の大学紛争を取材するので来ていたフリーランス・カメラマンの夫との間には子供が4人います。

        ただ、夫とは2004年に死別しました。癌でした。その夫が生きていた頃から、ヨガを始めて、色々な教室で学んだ後、ある組織の指導員になり、その後独立して自分のサークルを開き、70歳の今も、数カ所で教えています。50歳ぐらいになった頃、放送大学で、心理学を専攻しました。それが、フランス語をやりなおすきっかけになりました。放送大学が大学院を設立した時に、サンスクリット語の勉強もしてヨガに関係のあるインド哲学を学んで修士課程を卒業し、またその後、再入学して身体生理学関連を学び、3度目の卒業をしました。

        今回、特別に出していただいたン十年前にヨガを始めた頃の写真です。

         

        夫が亡くなったあと、アテネフランセで、更に、フランス語を学び直しました。そして2011年からYahoo!ブログでシャンソンの翻訳を始めました。Yahoo!での接続の具合が悪くなった2014年8月に、今のFC2ブログに切り替えて、それ以来、ずっと続けています。

        (パートナーの宇藤カザンさんとアミカル・ド・シャンソンの出演者の仲間たちと)

        今のパートナーの宇藤カザンとは、ブログを始めて2カ月ぐらいの時に、コメントをもらいました。そのコメントが、「千曲ぐらい、訳詞をされてください。」ということでした。そのコメントが、カザンとの付き合いのはじめでした。そして、今年2017年の春に、訳した曲が1000曲を超えました。2017年9月25日現在、1031曲の訳詞を完成しています。(10月15日現在1035曲(筆者))

         

        Q: 一千曲の訳詞というのは、相当、苦労されたと想像します。ノニーさんのブログは、シャンソンを歌う人たちは、必ず訪れて、原曲の歌詞を理解するようにされているとのことですね。又、その中で、感じておられる訳詞の難しさなども教えていただけますか?

        最初は、ゆっくりと進めていたのですが、2015年5月くらいに、70歳の誕生日までに、1000曲の訳詞を完成することを目指そうと思い立ったのです。その時に、数えてみたら、一日一曲ずつ、翻訳をしないと間に合わないので、それからは大変でした。 実際、外出する時には、予約投稿をしながら、毎日欠かさずブログのアップをしていきました。千曲の翻訳を完成した今は、少し、ゆっくりやっています。おかげ様で、現在、毎日平均で160人ぐらいの方が、私のブログを訪れてくださいます。

         

        訳していて、分からないものがあることもあります。最初に、思っていたのと全然違うのもあるし。又、これは、どっちの意味なんだろうと分からない場合もあります。そんな時は、自分で、実際に歌ってみると、「あ、そうか、これはこういう意味だ。」と分かることもあるのです。

         

        私の訳詞は、基本的に直訳をしています。日本語のシャンソンの中には、原曲とは全く違う意味になっている曲が、時々あります。果たして、これで良いのだろうかという思いは常に持っています。

         

        訳詞することをやめたいと思ったことはありません。ただ、歌詞の意味が分からなくて、ほったらかししている曲はあります。又、ブログですから、コメントを色々といただくのですが、必ずしも、一定の礼儀正しさを持っている人ばかりではありませんから、対応に苦しむことも何回かありました。逆に、この歌手のこの曲については、特に詳しいという方がおられて、色々なアドバイスをいただくこともあります。

         

        Q: 好きなシャンソンはどんな曲ですか? 又、シャンソンに対しての思い入れについて教えてください。

         

        誰もが、歌っている曲には、あまり興味がないんです。私は、ちょっとけだるい感じの曲が好きです。一番好きな曲は、ジプシー系のギター奏者のDjango Reinhardtが作曲した“雲 Nuage(ニュアージュ)”です。

         

        その“雲”を、YOUTUBEでノニーさんが歌っているのはこちらからどうぞ。ちょっとジャズのような感じの曲でもあります。

         

        著名なドラマーの野口さんに、私の立ち姿が、ジャズにはまっているといわれたことがあって、それには驚きました。亡くなった夫がジャズを大好きで良く聞いていたからでしょうか。

         

        NUAGE             

         

        Lentement dans le soir         夕暮れのなかをゆっくりと
        Le train s’en va           列車は去っていく
        Sur le quai son mouchoir       プラットホームの彼のハンカチは
        S’enfuit déjà            もう消えた
        Dans la glace comme un songe      車窓にまぼろしのように映る
        Le mur gris de sa maison        彼の家の灰色の壁が
        Sous le jour qui s’allonge       傾いた陽の光のもとで
        S’estompe à l’horizon                地平線にかすむ
        Un nuage s’étire                         家の青い屋根に
        Sur son toit bleu                       雲がたなびく
        En passant il semble dire             過ぎ去りながら雲は
        Un triste adieu                         悲しいさよならを告げているようだ
        Et tout ce que j’aimais                そしてわたしが愛したものはみな
        Lorsque le train vire                  列車が向きを変えると
        Dans un flot de fumée                 煙のなかに
        S’efface à jamais                       永遠に消え去る

         

        Q: 千曲の訳詞を完成した現在、取り組んでおられることは何でしょうか?

         

        千曲の訳詞の記念で、ソロライブを開きました。これは、とても大変でしたが、良い経験になったし、皆さんに支えられてきたからできたことです。

        (一千曲記念のソロライブで)

        今、自分が打ち込んでいることは、シャンソンの原曲の歌詞が持っているものを壊さないで、日本語で歌える歌詞にするということです。それをするのは、かなり難しいです。単純に訳すのはできます。しかし、それをメロディーに乗せるように直していくのですが、これは、また直訳するのとは全く別物です。

        先ほども話しましたが、今まで日本語に訳されて歌われてきた歌詞の中には、原曲から変えすぎているものが多いと思います。中には、全く違う内容になっているものがあります。

         

        あまりにも原曲の内容とかけ離れた邦題が付けられていることもあり、なんでこうなるのかなと思ってしまいます。私は、できるだけ、元の曲の歌詞に近づけたいとは思います。一方で、日本語で作られた歌詞の中にも、実に素敵なものがあります。

         

        音楽に合わせて翻訳することの難しさを、もう少し詳しく話しますね。例えば、ブリュッセル(Bruxelles)という曲があります。フランス語では、ブリュは音節一つです。しかし、それを日本語に直すと“ブ”と“リュ”二音節です。こういった音節の数の違いをメロディーに乗せるのはかなり工夫が必要です。日本語には、子音と母音で音が作られているという感覚がないんです。

         

        子音と母音についてですが、母音というのは、舌の先を下の前歯の裏に置いたまま口の形を変えるだけで音を出します。子音というのは、唇や舌をさまざまに使って音を作るのです。その子音と母音を組み合わせて、音を作っているのがフランス語や英語です。子音が連続するのだったら、間に母音が入っていないから、そんなに口を動かすことはありません。例えば、TRISTEという言葉は、原語では、音節は二つですが、日本語ではトリストという風になって、音節が4つになってしまいます。だから、仮名書きを読んで歌っていたのでは、ごつごつしてしまいフランス語になりません。

         

        そしてまた、訳詞の場合は、語彙の違いもあり、一つの音符に入る量が、日本語では少なくなってしまうのです。ですから、原曲の歌詞の内容を全部入れるのが難しくなります。例えば、JEというのは、一つの音符ですむのですが、私(ワタシ)という日本語は、3つの音符が必要になるか、一つの音符に詰めていれるかどちらかです。

         

        シャンソンでは、一つの曲毎に、大事に使われている言葉というのがあります。この曲はLの発音を、大事に使っているという風に。韻を踏むことはできないけれど、日本語でも音の響きを大事にするように、言葉を選ぶことはできるのかなと思います。

         

        自分が今まで翻訳した歌詞で、一番気に入っているのは、“私の街で”という曲です。エディット・ピアフが歌い、その後、ザーズが歌いました。父親が娘を娼婦にさせて、その娘が、街角に立っていくのですが、お客を取れなくて死んでしまうという哀しい曲です

        第四回の東京シャンソンコンクールでグランプリを取られた長堀昌恵さんが、私の訳したこの“私の街で”を歌われました。(最初のさわりを紹介します。)

        モンマルトルの片隅に
        わたしは住んでいた
        父さんは酔っぱらいで
        母さんは苦労してた
        病気のときは窓際で
        通る人をながめ
        日暮れになるといつも
        何かに怯えてた、、、

         

        また、10月6日に、日本訳詩家協会主催のコンサート《世界の歌を美しい日本語で》に出演することになり、自分の訳した曲を3曲歌いました。この“私の街で”、そして、先ほど、お話した一番好きな“雲”もあらたに訳詞して歌いました。

         

        Q: ノニーさんとカザンさんが主宰されている“アミカル・ド・シャンソン”について教えてください。

        今、取り組んでいることで、これは、訳詞とは関係ありませんが、私のパートナーの宇藤カザンと一緒に、“アミカル・ド・シャンソン”という歌会をやっています。アミカルは基本的に、シャンソンをフランス語で歌う会で、2012年から続けています。例会は、最初は月に一回でしたが、歌いたい方が集まってきてくれて、段々と月に二回になりました。ピアニストも充実してきて、前から弾いてくださっているアニエス晶子さんと関根忍さんに加えて、最近は、坂下文野さんと、太田游さんというピアニストも加わってくれたので、例会は月に三回になっています。 

        11月12日は、秋のシャンソンコンサートというのをやります。夏は、巴里祭に合わせて、コンサートを開いています。こういうコンサートをするのも、テーマを決めてやったりしながら、根付かせています。

         

         

        又、アミカルが主催するコンクールの東京シャンソン・コンクールも来年は五回目を迎えることになります。ただ、関西から以西の方の参加が少ないので、昨年から大阪ヴォーカルコンクールというのを主催しています。今年は、第二回を1130日に開催します。大阪は、シャンソンだけでなく、ラテンやカンツォーネでも参加できます。こういう風に、シャンソンを普及させるとは言いませんが、歌を歌うことを楽しむ人が集まる場所を色々作っていきたいと思っています。

         

         

        インタビューアーのコメント

        このインタビューシリーズも既に6回を数えています。今までは、和紙の生産に従事する方、又は、和紙を使ってクリエイトされる人たちへのインタビューでした。しかし、今回の朝倉ノニーさんはジャンルが違っています。しかし、何もないところから、新しい何かを創っていくところは、共通するものがあると感じます。現在、シャンソンの訳詞を1035曲完成。シャンソンというと、サントワマミー、枯葉などは有名ですが、奥の深いものだと、今回のインタビューを通して知ることができました。

         

        紹介記事にも書きましたが、日本の文化は、太古の昔から、海外のものを輸入して、それを自分たちのものに変えていったのです。空海だって最澄だって、唐に学んで、仏典を持ち帰って日本のものにしたのです。宋の文化を取り入れた平清盛、西欧文明に接して、その息吹を感じ取った織田信長、そして明治維新の日本人。戦後復興の日本。そうやって取り入れたものの中には、仏教、文化、絵画、書、和紙、色々なものがあります。ノニーさんの見つめている先には、そういった日本観があるのではないでしょうか?

         

        インタビューで聞いていて、驚いたのは、今ある日本語のシャンソンの中には、原曲の歌詞と全くかけ離れている詩があるとのこと。現在、ノニーさんは、それとは一線を画して、原曲の持つ意味をできるだけ残して、それを、日本語で歌えるように音符にという別の言語に載せていくということに、傾注されているそうです。その場合、語学としてフランス語と日本語が持っている音節の差などを考慮して作詞されているそうです。 私も、翻訳の仕事もしたことがありますが、これは、相当な難作業だと思います。又、本文中に、ノニーさんが話されていた母音と 子音が音を作ることの説明は、日本人一般がフランス語に限らず、語学を学び使っていくヒントになると思います。

         

        本文には書きませんでしたが、ノニーさんは、日本人の感性を活かせて歌えればと思っているとのこと。今回の浜松のコンクールでは、お母様からいただいた日本の着物でドレスを作って歌われたそうです。文中にも出てきた、雲という曲のイメージだそうです。日本人の特性を活かすという点では、フランス語で歌う場合でも声の出し方なりで、日本人の味を出しても良いのではないかと思っているそうです。

        又、自分の経済的利益には、全く、繋がらないけれど、月に3回のシャンソンの会を開催していることや、年に二回のコンクールを主催するなど、その活動の幅にも注目できます。クリエーターというと、芸術家・アーティストがすぐに頭に浮かびますが、芸術家でなくてもゼロから創造して、新しいものを作っているノニーさんのような方は、きっと、世の中には何人もいるはず。そういう人たちの活動を取り上げていくのも、このブログの特徴になるようにしていきたいと思っています。

        お母様から受け継いだ和服をイブニング風にアレンジしたコスチュームで歌われた(10月14日 浜松シャンソン・コンクールで。)

         

         

         

         

         



         

         

         

         

         

         


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          京都 ] 平安貴族と乗り物文化=牛車


          JUGEMテーマ:京都

           

          とても面白いブログ記事を見つけたので紹介します。ブログタイトルは、【森の蜜 物忘れ防止 diary】。

           

          記事の題名は、「牛車で行こう平安貴族と乗り物文化のその一、その二」です。ブログの筆者は森の蜜さんです。森の蜜さんのこの記事は、京樂真帆子さんという方が書かれた本を読んでの感想文です。

           

           

          平安時代の牛車には、最高級の唐車、次に高級な枇榔毛車、そして網代車と牛車のクラス別を絵を見せながら紹介。

          唐車は天皇ののる高級ベンツ、枇榔毛車は、いつかは乗りたいクラウンで高級貴族、そして網代車はアクア。。。。

          という風に、京樂先生(?)は、説明されているらしい。

           

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          唐車

           

           

          更に、清少納言の枕草子や、紫式部の源氏物語の中で出てくる牛車の話。

          別に、牛車に興味は全く無かったけれど、そういう乗り物と文化があったというのを読むと、思わず微笑んでしまいます。

           

          口語体で書かれていて、その比喩や、その2で出てくる、源氏物語は、葵上と六条御息所の恋の争いのストーリーの展開まで書かれていて、ブログ記事の作者の”森の蜜さん”の話が実に楽しい。古典は苦手だけれど、こういう風に書かれていると思わず読みたくなってしまいます。

           

          そう、そして、枕草子も源氏物語も、和紙という紙が無ければ成立していなかったわけです。人類の文化の発展の基礎には、常に紙があったわけです。世の中の全てのものが電子的に記憶されていく、それもクラウドという形に発展していってますが、あれって、千年も二千年も持つものなのでしょうか?

           

           

          https://blogs.yahoo.co.jp/morinomitu/40721093.html

           

          https://blogs.yahoo.co.jp/morinomitu/40721154.html


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            京都 ] 三井寺


            JUGEMテーマ:京都

             

            滋賀県にある歴史のある寺といえば、三井寺園城寺。自分にとっては、今回、二度目である。

            滋賀県の寺の雰囲気は、京都の寺のそれとは全く違う。京都では、お寺に行くと、雰囲気を楽しむというより、人の流れに身を任せる寺もいくつかある。もちろん、そうでない寺もあるが。滋賀県では、前に書いた石山寺とセットにして回ると良いと思う。三井寺自体、重文、国宝がいくつもある。

             

            金堂正面から。中には、数々の文化財が金堂の裏側にある。それだけでも、見る価値がある。三井寺

            三井寺の起源は、天武天皇の時と言われる。686年だそうだ。その後、天台宗の一門として、山上の比叡山と並んで、京都の入り口の首根っこを抑えていた。藤原道長や白河天皇などの支援を受けて、財政潤沢な寺であったらしい。三井寺は、その長い歴史の中でも、何回か登場するが、その中でも有名なのは、源頼政が、平家に対して立ち上がった時に拠った時ではないだろうか。又、安土桃山時代には、豊臣秀吉に嫌われて、一時は衰退したが、秀吉の死の直前に赦されたとのこと。

             

            しばし、三井寺の雰囲気を、画像を通して味わってください。

            三井寺

            緑の雰囲気が素敵である。春の桜、夏の緑、秋の紅葉と季節によって姿を変えているのだろう。

            三井寺 

            ここを訪れたのが、平日の金曜日の正午ごろ。この人の少なさが三井寺の魅力。

            三井寺

             三井寺は、西国三十三か所霊場の第十四番札所である。

             

            この西国三十三カ所霊場は、一度は訪れたい寺が多い。三室戸寺、青岸渡寺、紀三井寺、石山寺、六波羅蜜寺、清水寺、興福寺、上醍醐寺、花山院、華厳寺、、、

            三井寺

            観音堂の先にある台の上からは、遠くに琵琶湖が見える。Lake Biwaが見えるというのも三井寺の特徴。

            三井寺から琵琶湖


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              京都 ] 大徳寺−48年目の再訪


              JUGEMテーマ:京都

               

              京都の中で、一番好きな寺はどこかと友人に聞いたところ、しばらく考えてから、大徳寺かなと教えてくれた。

              自分は、大徳寺に行ったことが無かった(?)と思うので、非常に興味が湧いた。

               

              大徳寺は、京都北区にある臨済宗大徳寺派の総本山である。

              京都には、臨済宗の五山というのがある。

              南禅寺を別格として、それ以外に、天竜寺、相国寺、建仁寺、東福寺、万寿寺がそれである。

              それ以外にも、妙心寺という臨済宗妙心寺派の総本山というのがある。

              詳しく調べれば、他にもそれぞれの派の総本山があるのかもしれない。

              また、鎌倉にも臨済宗の五山がある。鎌倉五山は、建長寺派、円覚寺派とある。

               

              大徳寺は、最初は、建武の新政を興した後醍醐天皇に可愛がられ五山よりも上と位置付けられたが、

              その後、天下を取った足利家に、冷遇され、五山から外されたということである。

               

               

              ただ、その後は、上流各層からの支持と庇護を受けて、大徳寺からは、一休宗純という名僧を輩出。

              更に、茶人という文化人の本山的な存在となった。もちろん、利休などとも関係が深かった。

               

              その程度の予備知識を持って、大徳寺を訪れた。三門があり、静かな佇まいの寺である。

              その三門のところで、いきなり出会ったのが、この仏像。

               

               

              そして、しばらく歩いていくと、石田三成を祀った塔頭がある。

               

               

              更に、進むと芳春院。ここは、前田利家の奥方の芳春院を祀っている。

              芳春院

               

              そして、真珠庵。一休宗純ゆかりの塔頭である。ここは公開されていない。

              真珠庵

               

              真珠庵の隣に、大仙院がある。

              その時に、あれ、ここは、高校生の修学旅行で来たことがあるかも。

               

              大仙院

               

              確かに、ここは来たことがある。

              大仙院は、平常心などの著作やテレビ出演で有名な尾関宗園がいる。

              庭も有名で、方丈南庭にある二つの白砂の山を見て記憶が完全に蘇った。

               

              高校生の頃に、この庭におりて、この山をいじった悪ガキだった。

              その時に、若い坊さんに、もっとやりなさい、と言われた。

              そう言われると、やれないもので、

              結局、その悪戯を止めて、お坊さんの説教を聞いたのだ。

              もしかしたら、あの時のお坊さんが尾関宗園だったのか?

              48年も前の記憶を辿っても、その顔も説教の内容も思い出せない。

               

              自分が過ごした時間と同じだけ、この寺も庭も、変わらないままあったのだ。

              そして、この先、何年も同じように存在していくのだろう。

              人が通り過ぎ、その人たちの人生が積もっていっていく。

              そんな事を思いながら、大徳寺を後にした。

              (方丈南庭の画像はWIKIPEDIAからお借りしました。)


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                インタビュー ] 大石雅子さん(広島県和紙商会・大竹和紙鯉のぼり絵師):後編


                大石 雅子(おおいし・のりこ)さん

                大竹和紙の担い手、大石雅子(おおいし のりこ)さんのインタビュー、今回は後編です。


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                  インタビュー ] 大石雅子さん(広島県和紙商会・大竹和紙鯉のぼり絵師):前編


                  大石 雅子(おおいし・のりこ)さん

                  大竹市というのは、広島県の西のはずれ、山口県の岩国市に隣接する市である。

                  そこに、大竹和紙という和紙の生産地がある。九月上旬に、鯉のぼりを和紙で作られている

                  大石雅子さんという方を訪ねてインタビューする機会に恵まれた。

                  戦前戦後の大竹和紙の歴史、和紙で鯉のぼりを製作する苦労、又、原爆の日のことなど、

                  実に興味深いお話を聞かせていただいた。

                   

                  大石 雅子さん

                  大石 雅子さん


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                    美術館 ] 大原美術館ー岡山県倉敷市


                    JUGEMテーマ:美術館に行ってきました

                     

                    日本の美術館で一度は行ってみたいと思っていた美術館の一つが倉敷市の大原美術館。

                    その為だけに、関東から行くのは遠いので、なかなか実現しなかったですが、

                    今回、広島旅行の帰りに寄ることができました。

                     

                    大原美術館は、1930年に開館した日本で初の近代美術、西洋美術の美術館です。

                    それが、倉敷という町にできたのも驚愕。

                    倉敷紡績という繊維産業の雄を統括していた大原孫三郎が創設した美術館です。

                     

                    倉敷市の駅に近い美観地区の中核をなし、本館、分館、東洋館、工芸館、

                    さらに、距離的に少し離れた倉敷アイビースクエアには、児島虎次郎記念館があります。

                     

                    にっぽん折り紙、倉敷の美観地区
                     画像は、「にっぽん折り紙」に描かれた倉敷市の美観地区。
                    「にっぽん折り紙」の販売ページはこちらからどうぞ。
                    http://www.doyoulikewashi.com/?pid=114708941

                     

                     

                    その児島虎次郎こそが、大原孫三郎の意を受けて、ヨーロッパから大量の美術品を買い付けたものです。

                    収蔵品は、絵画では、エルグレコの受胎告知、モネの睡蓮をはじめ、マティス、ルノワール、ゴーギャン、

                    ピカソ、モディリアーニ、などなどの西洋美術、

                    関根正二、岸田劉生、そして、児島虎次郎各氏らの日本画家。

                    工芸では、富本健吉、河合寛次郎、棟方志功、、、

                    東洋館には、北魏時代のもの、古代エジプトの彫像など、一日では見切れないものです。

                    一緒に行った友人は、フロアいっぱいに展示されている富本健吉の作品に興奮状態。

                     

                     

                     

                    児島虎次郎の朝顔

                     

                     

                    色々な絵画を見ていく中で、今回、びっくりするほど気に入ったのが、

                    この児島虎次郎の「朝顔」。

                    あんまり気に入ってしまったので、

                    ミュージアムショップで2018年のカレンダーを買ってしまった。それが、これです。

                    画像は、カレンダーを写したもので、やや暗い感じがしますが、

                    実際は、もっと明るく、夏の朝の光が溢れています。

                     

                    日本人の心の琴線に触れるこの情景。

                    ちょっと透けて見える浴衣姿の女性と、

                    日本の夏の花の朝顔に水を遣るその女性がちょっと背伸びしている、

                    日本女性の美のとでもいうのでしょうか。

                    この絵だけでも、見に行く価値がありです。

                    美術館でも、今月の一枚として、展示してありました。


                    児島虎次郎の朝顔

                     

                     

                     

                     


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                      旅行 ] 厳島神社


                      広島にあるユネスコの世界遺産の一つが宮島にある厳島神社。

                       

                       

                      平安末期、安芸守だった平清盛が、瀬戸内海をバックグラウンドにしており、

                      この宮島に社殿を造営した。平家一門の隆盛とともに厳島神社も栄えた。

                      2度の火災で清盛の建てたものは消失したが、鎌倉時代に再建造営されたもの。

                       

                      厳島神社に行くには、広島からJR山陽本線

                      路面電車は旅情があって、時間のある方にはお奨め。

                      原爆ドームから乗って行く。

                       

                      宮島口では、有名な「うえの」というあなご飯屋さんに行ってみた。

                      なぜか、水曜日は、お弁当メニューしかないとのこと。

                       

                      アナゴ飯

                       

                      フェリーに乗って宮島に着く。文字通り、宮島という島。

                      ただ、予想もしていなかったことだが、

                      この日は、引き潮。

                      水中にあるべき、大鳥居をはじめすべての建造物は、無残にも干上がったビーチの上。

                      海の中にある写真しか見た事が無かったので、

                      この事態は全くの想定外。

                       

                      清盛公も、宋の使者や、高倉上皇を迎えた時には、

                      潮の干満に、さぞかし、心配りをしたことだろう。

                       

                      ちなみに、平家物語だが、作者は不明のようである。

                      諸説色々あるようだ。ただ、日本で唯一の叙事詩であることは間違いない。

                       

                      祇園精舎の鐘の声というと琵琶法師という語り部いたとよく言われるが、

                      実際はどうだったのだろう。

                       

                      保元・平治の乱で興隆した平家の栄耀が、

                      源氏によって滅ぼされる物語だが、

                      その平家を瀬戸内海に葬った義経自身も兄頼朝に滅ばされる哀しい歴史がある。

                      ところで、

                      平家が好きか、源氏が好きかというと、

                      自分は圧倒的に平家ファンである。

                      源氏には、粗暴と殺戮のイメージがある。

                       

                      旅から戻ってきて強く思うのは、

                      今度は、満月の月の出の満ち潮の時に訪れてみたい。

                      厳島神社

                       

                      厳島神社

                       

                      厳島神社厳島神社

                       

                       



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